一般社団法人ピア・佐藤真琴氏インタビュー

病気の自分はなかなか想像できない。
だから病気は怖いのだが、そんな心配が解消できる街をつくろう、と動くのが、
一般社団法人ピア代表・佐藤真琴さんだ。

彼女は「100万円台」が常識であったかつらの値段を、
独自にルートを開拓することにより、4万円台にまで下げた。
彼女は現在、かつらの製作だけにこだわらず、病気の患者の不安をなくすため、
心身のケアをはじめとしたあらゆる事業を展開している。
今回はそんな彼女にインタビューを行った。


一般社団法人ピア 一般社団法人ピア〜がん治療中もつづく日常生活を支える専門チーム
http://blog.canpan.info/peer/



−−−−佐藤さんは25歳から看護学校に通いはじめたと聞きます。その経緯を教えて下さい。

私は23歳のころ、結婚しました。
結婚してちょっとしたころ、就いていた仕事で単身赴任の指令が出たんです。
夫をこちらに置いて私だけ東京で単身赴任しなきゃいけなくなった。まぁ非常にざらりと言いますと、「お姑さんにそれをどう説明しよう」と考えたとき非常にめんどくさくなっちゃっいまして、仕事を辞めることにしました。そして私は専業主婦になりました。
ところがその専業主婦を3日間ほどで飽きてしまいまったんです(笑)。
それで単身赴任のない、塾の講師などを始めました。そうすると今度は「私何やってんだろうな」と思った。「このままずっと歳をとっていく」などと考える中で、「私は社会のなかで何ができるのか」と思ったんですね。
しかしふとしたきっかけで看護学校に通う機会を得ました。
ある時、用事で夫と東京に行った帰りに「したいことが見つからないんだよね」という話をしていました。その中で「看護学校あるじゃん、行けばいいじゃん」と言われたんです。
私は私で超軽いノリで「じゃあ行く行く!」と言ってしまい、そして結局、看護学校に通うことにしたんです。東京から浜松まで帰ってくる間に人生が決まってしまったんですよ(笑)


−−−−看護学校時代、ある白血病患者の女性と会うことでショックを受け、起業したとのこと。起業に際して躊躇はなかったんですか。


躊躇はまっさらになかった。私、すごくカチンときたんですよ。
白血病が原因で髪の毛が抜けてしまう人がいる。どうしてもかつらが欲しい人がいる。だけどかつらは100万円もするから買えないんです。
重病の患者が入る「クリーンルーム」って月にいくらかかるか知っていますか?だいたい、100〜150万円もかかるんですね。それに加え治療費も払い続けるわけだから、財産が減っていくわけでしょう。

私が看護学生時代に出逢った女性は、白血病で髪の毛が抜けてしまった。その患者のご主人も、やっぱり介護をしなきゃならないから、仕事もあまりできなくなっちゃう。
患者さんには「自分は病気だ」という負い目もある。そんな中で毎月毎月、100〜150万円といった値段がバンバンと出て行く。しかもいつ出られるかわからない。彼女は本当に孤独で、しかもそれがいつまで続くかわかんなくて、お金だけがバンバンと出て行く状況です。

その状態のなかで、かつらを買うという選択をプレッシャーに感じることはない、と思ったんです。


元気な人は、基本的に自分のことは何でもできるじゃないですか。しかし病気になっちゃったことで急にそれが自分じゃできなくなってしまうんですよね。生活の方法が変わっちゃう。
私は、そんな新しい生活の方法を、彼女や彼にあわせて作って、一緒に自立できる所までサポートをするのが「看護」だと思うんです。だからかつらを一緒に作っていく、というのも看護のひとつの方法だと思ったんですね。

髪の毛が抜けちゃった患者にとって、一番しんどいのは鏡に写った自分を見ることなんですよ。髪の毛が抜けて、眉毛もなくなって、血を止める血小板のはたらきも弱くなるので、頭皮が内出血のため紫のしみになっちゃう人もいる。そんな自分の姿を思ったらやっぱり「私、病人なんだ」となっちゃんですよ。
そんな人たちに、看護という立場で何ができるのかと考えたんです。話を聞くことはできる。身体的な介助もできる。だけどそこから先にできることって何だろう、もし私が現場に入ってできることってなんだだろうと考えたとき、「ああ、現状だと何もできないな」と思ったんです。しかも、「患者にかつらすら提供できない」ということを病棟で訴えとき、「そういうものだから」と諭されたんです。
「学生とはいえ社会人の経験しているあんたならわかるでしょ、社会ってそういうものなのよ」と言われた。そのとき、“カチン”ときたんですね。最初は起業するつもりなどまったくなかったんですけれど、カチンときてしまった。
そこから、まずはとりあえず「かつらのことを知らないといけないな」と思い、そこからしつこくしつこく調べて、最終的にかつらのほとんどが中国の工場で作られている、ということを知った。そしてメールを送るなど直接アタックしながらルートを作り、かつらの値段を4万円台にまで下げんです。


−−−−現在はボディケアやヘアケア、心理的なケアの活動もしているとのことですが


最初は本当にかつらだけ作ればいいかなと思っていた。でもそれは違っていた。実は、めちゃめちゃ課題があった。あらゆる課題の根底は何かと思い、調べると、結局のところは医療体制が十分じゃないということがわかった。国の財源が十分じゃない。財源を取り合っている状況なんです。
この少ない財源から、かつらの分野に費やすお金がなくなれば、より必要な医療が充実する。ソーシャルでまわせる分野があるのであれば、ソーシャルでまわしたほうがいいんですね。
医療って別に、病院内で全部やる必要はまったくないんですね。私たちは病院経営はできないですし、看護師の環境を充実させようと思っても病院内のことはできない。
でも患者さんの不利益被っている部分を、外からから解決してあげることができれば、私の学生時代の同期たちの負担は減らせるし、患者さんたちのニーズはやっぱり満たされる。そういった部分から活動の裾野が広がったんです。
ただこれは、信頼されなければ話にならない。だから信頼してもらえるような何かをつくらなきゃいけない。信頼してもらって、仕事を振り分けてもらえるくらい、起業としての競争力を持つことが大事なんです。それが、私のやっている範囲の、社会的起業としての責任だと思っているんです。
社会的起業というのはなんかぬるくても許される雰囲気がありますよね。だっていいことやっているからしょうがないよみたいな。でもそれはぜったい違う。だってビジネスじゃん。信頼されなければ意味がないんです。


ガンになったとき、どうなるんだろうって考えたことありますか?もし、ガンになった人がまわりにいない場合、50歳になっても「病気になったらどうなるか」って想像できないことだってあるんです。
でもそんな想像できないってことは実は、本当に恐怖で不安のもとなんですね。でも、「こういうソーシャルなサポートがあります」ということがわかっていれば、変な話ですが安心して病気になれるし、安心して生きていける地域になると思うんですよね。それは私たちがつくらなきゃいけない。安心して暮らしていけないような地域でいいことなんてできないですし。

起業した当初は、かつら製作が主な事業だったけれど、今のミッションは、地域のなかで、「あたりまえ」に暮らしてもらうようにサポートすることがメインとなっています。
病気になって我慢しなきゃいけないってのは、治療とか病気のことだけで十分だと思うんです。今まで患者が我慢してきた身の回りのことでも、わたしたちがちょっとフォローすれば解決できることはたくさんあります。
患者は孤独な場合が多く、情報を自分で探して自分で判断しなければいけない。そうじゃなくて、話をしてもらって、その人の生活に合う解決方法を一緒に考えて、「これこれこういう方法があります、そうすると5年後はこうです」ということを見せられたらちょっと楽になる。
病気に対するハードルが低くなるので、患者の我慢はやはり、減るんです。私は基本的に“カチン”ときて仕事をたくさんつくっています。でもスタッフに恵まれているから大丈夫です。
スタッフには「しょうがない、また佐藤が何かを始めた」って呆れ顔をされる一方で、私が何かプランを作って投げつけると、スタッフはそれ以上のカタチにしてお客様にとどけてくれんです。



−−−−お仕事についてお聞きします。寝ている最中に、ふと、事業のアイデアが浮かびおきてノートに書き込んでいる、ということをお聞きしたことがあるんですが。


それはずーっとですね。起業してからずっと抜けないです。考えているつもりはぜんぜんないんだけど、寝ているときにでもがっ、と浮かんでくるので、たぶん潜在的に意識しているんでしょうね。
またこのところ毎日、3時くらいに寝て6時には起きる生活をしています。そろそろやめなきゃと思いつつも、当分はやっちゃんでしょうね。それは、やらなきゃいけないことが見えていて、自分が動くことでそれが変わる、というのが見えているからできるんです。だってやりたいんだもん、という純粋な動機です。
たぶんこれって、ワークライフバランスとしては良くないんですよね。「お仕事をして、かつお休みをいただく」というのは大事なんですよね。でもクオリティを上げようと思ったら、しょうがないじゃないですか。で、それをどうやって他の人でもできるようにしていくか。この事業を展開していくためには、私がやるしかないんです。
まあ、なんだかんだ言って要は効率がわるいだけなんですね(笑)
でも効率を上げようと思うと人と話す時間を減らさなくちゃいけなくなる。スタッフと話す時間も減ってしまうのは、どうしてもいやだ、じゃあ起きとくか、と(笑)




−−−−患者さんの地域や男女比、また今後の展開について教えてください。


地域で言えば浜松市を中心とした県西部が多いですね。西は豊橋、東は掛川が多い。しかし名古屋や東京の方もざらにいます。男女比としてはがんの患者さん、と限定すると99パーセントくらいは女性の方です。
現在、乳がんの発生率が5.5%くらいです。さらに子宮がんを含めても7%前後です。浜松市プラス近隣市の人口から計算すると、年間に罹がんをする人はこの近辺の地域には約3,400人います。ピアはそれくらいの患者さんをカバーしているので、計算上は地域カバー率としてはほぼ100パーセントにあたります。
そういう計算をしたとき、浜松市ほどの規模の地域に、うちのサイズの施設が1〜2つぐらいあればカバーできる、ということがわかる。すなわち、だいたい60,70個の施設ができれば全国いろんな地域をカバーできるんだろうな、ということがイメージできるんですよね。
今はだれか一緒にやってくれる人がいないかなあって、声を掛けさせていただいています。
名古屋ではもう始まっています。
フランチャイズではないので別にお金は貰いません。しかしうちのノウハウは隠さない。「そのかわりきっちり解決していただきますよ」というマインド的なところで一緒にやっているんですね。
だって、起業してやっていく、と言うとすごくハードルがあがっちゃうでしょう。しかしやりたいという気持ちがあるときに、きっちりとサポートができればちゃんと育ちます。
こうした展開の仕方にはこだわりがあります。なぜかと言うと、私たちが名古屋に店を出してもたぶん、うまくやれないんですね。だって地域の人じゃないから。地域には地域のニーズってわからないじゃないですか。
浜松を例にすれば、パートで働いているお母さん達が多いので、だからその人たちの雇用を継続させるためにどうすればいいのかとか、いろんなことが考えられますよね。同じように、地域にはその地域の性質がある。私には名古屋のことはわからない。だから名古屋であれば名古屋の人間がやったほうがいいと思っています。それぞれの方法論を創らないとソーシャルビジネスは広がらないと思うんですよ。
ソーシャルビジネスってマインドだけでは成立ちませんが、やはりベースにあるのは、同じようなマインドを共感できるかどうかです。マインドがずれたら意味がなくなっちゃいます。ニーズが見えなくなりお客さんに届かなくなりますから。


−−−−事業におけるこだわりをお聞かせください


楽しく働くことですね。中にいる人が楽しく働けない会社は、絶対、お客さんに楽しいことはできないんですよ。患者さんの中には、結構深刻な人がいらっしゃるので、最初から楽しいというのは無理なんですけど、ちゃんと引き出して最後には楽しくなって帰ってもらう。
それはやっぱり、せっかくここに来たんだったら、嫌なことは置いていって欲しいんです。家に帰ったらいやなことがあるかもしれない。現実なのでね。気持ち悪くてごはんが食べられないだとか、味覚も変わるのでなんだこの味は、ってことになるんです。
そういうのわかっているから、せめてピアにいる間は楽しくなって欲しい。「それはかわいそうだね」、では生まれるものも生まれません。大変なことはわかっているので、じゃあ私たちもやるので一緒にやってみないか、と声を掛けるんです。



(インタビュー・文:杉村一馬)